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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3117号 判決

控訴人

常泉浩志

常泉優子

常泉房子

常泉茂義

右四名訴訟代理人弁護士

福原忠男

齋藤和雄

被控訴人

常泉不動産株式会社

右代表者代表取締役

常泉浩一

右訴訟代理人弁護士

小川景士

井坂光明

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人常泉浩志(以下「控訴人浩志」という。)に対し、金六一五二万六七〇九円、控訴人常泉房子(以下「控訴人房子」という。)、控訴人常泉茂義(以下「控訴人茂義」という。)及び控訴人常泉優子(以下「控訴人優子」という。)に対し各金三〇七六万三三五四円の支払をせよ。

3  被控訴人は、昭和六二年一月八日から当審の口頭弁論終結に至るまでの間、当初の一年間については、控訴人浩志に対し一か月五二万四〇〇〇円の割合による金員、その余の控訴人ら各自に対し一か月二六万二〇〇〇円の割合による各金員、次年度以降は毎年一年毎に、控訴人浩志に対しては一か月当たり前年度の金額に順次二万円を、その余の控訴人ら各自に対しては一か月当たり前年度の金額に順次一万円を、前記各金員にそれぞれ加算した金員の支払をせよ。

4  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

5  2ないし4項につき仮執行宣言。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原判決添付別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)は、常泉浩一(以下「浩一」という。)が持分三分の二、亡常泉まつ(以下「まつ」という。)が持分三分の一の割合で共有していた。

(二)  まつは、昭和六一年六月一六日、常泉明良に対し五〇〇万円を遺贈するほか、まつのその余の遺産については、控訴人浩志に五分の二、その余の控訴人らに各五分の一を、それぞれ包括遺贈する旨の公正証書による遺言をした。

(三)  まつは、昭和六二年一月七日死亡した。

したがって、本件土地につき、控訴人浩志は一五分の二、その余の控訴人らは各一五分の一の共有持分を取得したことになる。

2  被控訴人は、昭和四八年一〇月四日から、本件土地上に、原判決添付別紙物件目録記載二1、3の各建物(以下「本件建物1、3」という。)を所有し、昭和五四年四月三日からは同目録記載二2の建物(以下「本件建物2」という。)を所有して、本件土地を占有している。

3(一)  本件土地の相当賃料額は、昭和四八年一〇月五日から当初の一年間は一か月当たり一九八万円、次年度以降は毎年一年間について一か月当たり前年度の賃料の額に一五万円を順次加算した金額である。

したがって、本件土地の三分の一の持分に相当する賃料相当損害金は右金額の三分の一であり、また右債権についても前記のとおり控訴人らに遺贈されている。

(二)  まつが死亡した昭和六二年一月七日までの本件土地の共有持分三分の一に相当する賃料相当損害金につき、控訴人らの取得分を計算すると、別紙「控訴人らの請求に係る賃料相当損害金、不当利得金の計算式」と題する書面(以下「計算書」という。)記載のとおり、控訴人浩志が六一五二万六七〇九円、その余の控訴人らが各三〇七六万三三五四円となる。

(三)  なお、控訴人らが本訴において昭和六二年一月八日以降について生じた分として主張する賃料相当損害金の額は、別紙計算書記載のとおりであるが、昭和六〇年から平成元年にかけての路線価格、公示価格の推移は別紙「路線価、公示地価の推移表」及び「同(その2)」に記載のとおりであるから、右表の倍率を掛けて、昭和六二年以降の賃料相当損害金を計算すると、控訴人らの主張する額よりもはるかに多額となる。したがって、少なくとも、本訴で主張している額の損害が発生していることは明らかである。

4  被控訴人は、故意又は少なくとも過失により、控訴人らの本件土地の共有持分権に基づく使用収益を妨げ、控訴人らに相当賃料額の損害を与え、また、その相当賃料額を支払わずこれを不当に利得し、控訴人らに同額の損害を与えている。

5  よって、控訴人らは、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償あるいは不当利得の返還として第一、一、2、3のとおりの金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(一)、(三)は認めるが、その余は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、路線価格等の推移及び控訴人らに遺贈されたことは不知、その余は否認する。

4  同4は否認する。

三  抗弁

1  占有権原

(一)(1) 本件土地は、もとまつの夫で、浩一の父であった亡常泉啓三郎(以下「啓三郎」という。)が所有していたものであるが、啓三郎は昭和三七年三月二八日死亡し、その三分の二の持分を浩一が、三分の一の持分をまつが相続により取得した。

(2) 浩一は啓三郎から、昭和二八年八月一〇日、本件土地のうち南西角地約一五坪(宮沢八十七が賃借し、建物を建築所有していた部分)を除く部分を、建物所有の目的で賃借した。

ついで、浩一は、昭和三九年五月三一日、宮沢から、右建物とともにその底地である本件土地の南西角地の賃借権を譲り受けた。

(3) 浩一は、昭和四六年一二月二七日、右賃借権を被控訴人に譲渡した。

(4) 浩一は、まつの代理人(あるいは使者)として、右譲渡を承諾し、浩一及びまつと被控訴人(代表取締役浩一)との間で、右同日、右賃貸借契約の内容について、改めて次のとおりの合意をした。

ア 目的 堅固の建物所有

イ 期間 昭和四六年一二月二七日から三〇年

ウ 賃料 一か月二五万八八三〇円

昭和四七年一月分から支払う

(5) 仮にそうでないとしても、

浩一は、まつの代理人(あるいは使者)兼本人として、昭和四六年一二月ころ、被控訴人(代表取締役浩一)との間で、本件土地につき次の内容の賃貸借契約を締結した。

なお、右契約締結の際の契約書(〈証拠〉)への署名は、まつからその権限を与えられた浩一が代行したものである。

ア 目的 堅固の建物所有

イ 期間 右建物の存続する限り

ウ 賃料 一平方メートル当たり六〇〇円昭和四七年一月一日から支払う

(6) まつは、浩一に対し、遅くとも昭和四六年一二月ころまでには、本件土地についてのまつの持分の管理・処分を委託し、浩一が代表取締役である被控訴人に対し本件土地を貸与することを承諾した。

(二) 仮に賃貸借契約が認められないとしても、

浩一は本件土地につき三分の二の持分を有するところ、被控訴人は、昭和四八年一〇月ころまでに、浩一から本件土地を無償で借り受けた。

右使用貸借は、本件建物(堅固な建物)の所有を目的とするものであった。

なお、右使用貸借契約の締結は共有物の管理行為であるから、多数持分権者である浩一が単独で適法になし得るものである。

2  権利の濫用

浩一と啓三郎の後妻であったまつとは、五五年もの間、実の親子以上に円満に生活し、浩一においてまつの生活費を支払い、病気療養中もその面倒をみてきた。

啓三郎が昭和三七年三月に死亡してからも、浩一は、それまで以上にまつの世話をし、その他いろいろの面でまつを優遇し、昭和三八年一〇月一日に被控訴人(浩一が代表取締役)を設立してからは、まつを取締役または監査役に就任させた。更に、本件土地上に本件建物を建築するに際しても、まつは、その竣工までなんら異議を申し述べず、その竣工披露式においては関係者に対する挨拶さえしており、被控訴人の役員に就任することも承諾していたのである。

また、浩一は、本件土地の公租公課をすべて支払ってきた。

控訴人らは、まつと浩一との関係が右のようなものであることを知りながら、まつを浩一のもとから連れ去った。

こうしたまつと浩一及び被控訴人との関係からすると、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は権利の濫用となり許されないというべきである。

なお、被控訴人は、実質的には個人会社であり、浩一が単独で経営しているのであって、右の事情のうち浩一個人に関するものについても、被控訴人において権利濫用を構成する事情として援用し得るものである。

3  予備的相殺の抗弁

(一) 浩一は、まつ及び控訴人らが支払うべき、次のとおりの昭和五五年分から同六二年分までの固定資産税合計八四七万二六一一円を、その委託に基づき立て替えて支払った。

昭和五五年分 八三万六三五三円

同 五六年分 八七万八四〇三円

同 五七年分 九六万六二四六円

同 五八年分 一〇六万二八七〇円

同 五九年分 一一〇万六六五六円

同 六〇年分 一一二万一四三〇円

同 六一年分 一二三万二六三三円

同 六二年分 一二六万八〇二〇円

(二) 浩一は、平成二年三月三〇日、被控訴人に対し、右立替金債権を譲渡し、平成二年四月七日、右債権譲渡を控訴人らに通知した。

(三) 被控訴人は、平成二年五月一四日の当審第四回準備手続期日において、右譲受債権と控訴人らの本訴請求債権とをその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

なお、右自働債権である譲受債権が相殺適状となるのは、各年度分について、遅くとも翌年四月一日(例えば、昭和五五年度分については昭和五六年四月一日)である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(1)は認め、(2)ないし(6)は否認する。

被控訴人の代表取締役である浩一が本件土地のまつの持分につき無断で自己名義にしていたこと、再抗弁1記載の訴訟につきまつの請求を認容する判決が被控訴人の上告棄却によって昭和五七年一〇月一日に確定した四か月後においても、浩一は〈証拠〉(東京地方裁判所昭和五四年(ワ)第三九一七号事件の昭和五八年二月一七日の口頭弁論期日における浩一本人尋問調書)で明らかなように、右の持分がまつのものではなく名義を借りただけである旨の供述をしていたこと、浩一が右判決の確定を知った昭和五七年一〇月上旬以降はもちろん、被控訴人に本件土地についての賃借権があると認定・判断した原判決が言い渡された昭和六三年九月二八日以降においても、被控訴人が控訴人らに対し、一切賃料の提供・供託をしていないこと等からすれば、被控訴人が賃借権を有するといえないことは明白である。

また、仮に浩一がまつの代理人として、浩一が代表取締役である被控訴人と賃貸借契約を締結していたとしても、双方代理であって無効であり、浩一はまつに対し財産関係につき全く報告していなかったのであるから、まつにおいて承認する対象についての認識がなく、黙示であったにしろ双方代理を承認する余地などなかった。

同(二)のうち、浩一の本件土地についての持分は認めるが、その余は否認する。

2  同2のうち、身分関係についての主張は認めるが、その余は否認する。

まつは、啓三郎から相続した財産で自己の生計を維持してきたものであり(〈証拠〉四参照)、浩一から扶養を受ける必要は全くなかった。金銭に細かい浩一が、自己の財産から支出してまで、義理の母親であり、また、自己の財産を十分に有するまつを扶養することなどありうるはずがない。

3  同3(一)のうち、控訴人らが本件土地の固定資産税を支払っていないことは認めるが、浩一が控訴人らの委託に基づき支払ったことは否認する。固定資産税の額は知らない。

同(二)のうち、債権譲渡の通知を受けたことは認めるが、その余は不知。

五  再抗弁

1  禁反言又は信義則違反

まつは、被控訴人を相手として、本件土地を含む四筆の土地につき、三分の一の共有持分を有することの確認等を求めて、訴訟を提起したが(一審・東京地方裁判所昭和五四年(ワ)第六二一四号、控訴審・東京高等裁判所昭和五五年(ネ)第二八〇〇号、上告審・最高裁判所昭和五七年(オ)第五三四号)、被控訴人は、一貫してまつの共有持分はなく、浩一が本件土地全部について所有権を有すると主張していた。もとより、本件土地について賃貸借契約が存在するなどとの主張をしたことは全くなかった(もし、賃貸借契約が主張されていたのであれば、まつとしては賃料の請求及びその増額請求を当然していた。)。

本件訴訟にいたって、賃貸借契約が存在する(前記訴訟において、上告審まで、まつの三分の一の持分については自己の共有持分に属すると執拗に主張し、所有権者として行動していた者が、賃貸借契約を締結するはずがない。)と主張することは、民事訴訟における禁反言の法理又は信義則から許されない。

なお、被控訴人が右訴訟において浩一の所有権取得原因事実として、交換契約の存在と取得時効を主張し続けてきたことは、占有権原として他主占有ではなく自主占有を主張し続けたことにほかならない。

2  契約の解除

仮に、被控訴人が本件土地の賃借人であるとしても、

(一) まつと被控訴人との間の本件土地(あるいは、まつの持分三分の一)の賃貸借契約には、被控訴人に信頼関係を著しく害する行為がある場合には、催告することなく解除できる旨の特約がある。

(二) 被控訴人は、まつの本件土地の持分について、昭和五四年三月三〇日勝手に自己名義に移転登記をするなど不法な行為をし、また、まつ及び控訴人らに対して賃料を全く支払っていないから、信頼関係は破壊された。

(三) そこで、控訴人らは、被控訴人に対し、昭和六二年一二月二一日の原審第三六回口頭弁論期日において、本件土地ないしはまつの持分についての賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

なお、控訴人らは、本件土地の過半数に満たない少数持分権者ではあるが、過半数を超える持分を有し、かつ、被控訴人の代表取締役である浩一には、前述のようなまつあるいは控訴人らに対する重大な背信行為があったのであるから、浩一の意思を考慮することなく控訴人らのみで被控訴人との賃貸借契約を解除することができるというべきである。特に、被控訴人は浩一のみが経営している同人の個人会社であるから、本件土地の多数持分権者とその賃借人とが同一人ということに帰し、専ら少数持分権者である控訴人らの利益の保護だけが問題となるのであるから、右控訴人らの主張は一層正当化される。

また、共有土地の賃貸借契約において、多数持分権者に対する関係では、右のようにその者が賃借人と同一人であるとか、これと同一視すべき事情にあるため、信頼関係を破壊するとはいえないけれども、少数持分権者に対する関係では、賃借人に賃料の不払その他の信頼関係を破壊する事由がある場合にあっては、少数持分権者は、仮に、賃貸借契約全体を解除することができないとしても、少なくとも自己の持分にかかる賃貸借契約部分を解除し、賃借人に対し不法行為による損害賠償請求、あるいは不当利得返還請求をすることができるというべきである。そのように解しても、賃借人は多数持分権者との間の賃貸借契約によって、当該土地の占有使用はできることになるので、何ら不都合はなく、他方、少数持分権者は、賃料相当損害金の請求をすることができることになり、その損害の回復を図ることができることになるからである。

3  賃借権の放棄

被控訴人は、昭和五四年四月ころ、まつに対し、本件土地の賃貸借契約上の権利を放棄する意思表示をした。すなわち、被控訴人は、まつの本件土地についての三分の一の持分を、昭和五四年三月三〇日無断で自己名義に移転登記をして、本件土地の右持分についての賃料をまつに支払わない意思を明らかにしたが、これは賃借権放棄の意思表示にほかならない。

4  使用貸借の終了

仮に被控訴人主張の目的の定めのある使用貸借が認められるとしても、昭和四八年一〇月から既に一七年が経過し、使用収益をするに足るべき期間が経過したというべきであり、控訴人らは、被控訴人に対し、平成二年九月二八日の当審第六回準備手続期日において、本件土地のうちまつの三分の一の持分について、返還を求める旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち、控訴人ら主張の訴訟の係属したこと、右訴訟において被控訴人が、賃貸借契約の主張をしなかったことは認める。しかし、右訴訟においては、共有持分権の帰属が問題となっていたのであって、その使用権原は抗弁とならなかった。つまり、被控訴人側としては主張の余地がなかったのである。

2  同2(一)は否認する。

同(二)のうち、被控訴人が本件土地のまつの持分について、所有権移転登記をしたこと、賃料を支払っていないことは認めるが、その余は否認する。

なお、控訴人らが本件土地全体についての賃貸借契約を解除しえないことは明らかであるが(最高裁判所昭和三九年二月二五日判決・民集一八巻二号三二九頁)、その持分のみについての解除の主張も主張自体失当である。右判例は、共有物の管理方法としての解除であり、それについて過半数の持分を要するとしながら、他方持分のみについての解除が認められるとすると、右判例の趣旨に反することになる。

そもそも、共有物を目的とする賃貸借契約は、一つの契約であって、各持分ごとの契約の集合ではない。また契約の一部解除が認められるのは、給付の内容が可分であって一部の解除をしても残部のみで契約の目的が達成できる場合に限られるところ、賃貸借契約において給付の内容をなしている、使用収益をさせること及びその対価としての賃料の支払は、その性質上不可分というべきである。

3  同3のうち、移転登記をしたことは認めるが、その余は否認する。

4  同4のうち、控訴人ら主張の期間が経過したことは認めるが、その余の主張は争う。本件建物の存在する限り、目的の達成に相当な期間が経過したとはいえない。

七  再々抗弁(賃料不払を正当化する事由)

被控訴人の賃料債務は、浩一によって預かり金として計上され、また、浩一自身まつから財産管理を任されていたため賃料の請求を受けておらず、更に本訴提起後についてみても、控訴人らは、当初から一貫して被控訴人の賃借権を否定しており、賃料受領を拒絶する意思が明白であったのであるから、被控訴人が、控訴人らの解除の意思表示がなされるまで賃料を現実に支払っていなかったとしても、控訴人らによる無催告解除の事由とはならない。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁は、否認し、争う。

四1で述べたように、被控訴人にはもともと賃料を支払う意思がなかったのであるから、右主張はそれ自体失当である。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一1  本件土地の三分の一の共有持分を有していたまつが、昭和六二年一月七日に死亡したことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、まつが請求原因1(二)記載の公正証書遺言をしていたところ、常泉明良に対しては、右遺言に従い、遺言執行者の弁護士齋藤和雄によって既に五〇〇万円が交付されていることが認められる。

そうすると、控訴人らは、本件土地の共有持分を含む右五〇〇万円以外のまつの遺産を、右遺言に指定された割合に応じて承継したものというべきである。

2  請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人の本件土地に対する占有使用権原の有無について検討する。

1  本件土地が、もと、まつの夫であり、浩一の父であった啓三郎の所有であったこと、啓三郎が昭和三七年三月二八日死亡し、まつがその三分の一、浩一が三分の二の持分を取得したことは、当事者間に争いがない。

2(一)  被控訴人は、浩一が昭和二八年一〇月一〇日本件土地のうち南西角地の約一五坪を除く部分を啓三郎から賃借した旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

もっとも、〈証拠〉によると、本件土地には、昭和二八年三月ころまでは、三棟の建物が存在したが、そのころそれらが取り壊されて浩一名義の建物が建築されたこと、浩一は、啓三郎の遺産の相続に際し、所轄税務署に対し、本件土地につき借地権を有することを前提とする相続税の申告をしたことが認められる。しかし、啓三郎と浩一間の賃貸借契約の成立については、右浩一本人の供述以外にはこれを認めることのできる証拠はなく、浩一が真実借地権を有するのであれば必要がないはずであるにもかかわらず、後記のとおり本件建物建設に当たり、ことさら被控訴人と浩一及びまつとの間の本件土地に関する賃貸借契約書を作成していること、浩一が啓三郎に賃料を支払っていたことを窺わせる証拠は全く提出されていないこと、昭和二八年当時、父親所有の土地にその子が建物を建築するために借地権を設定することは、特段の事情のない限り不自然であると解するのが相当であるところ、右特段の事情の存在を窺わせる事実は認められないこと等に照らして考えるならば、右供述は、前記契約の成立を認める証拠としては採用できない。したがって、浩一は、本件土地につきせいぜい使用借権を有していたにすぎず、節税のため啓三郎の遺産の相続に際し、本件土地に浩一のための借地権が設定されている旨の申告をしたものと推認される。

(二)  被控訴人は、また、浩一が宮沢八十七から、前記南西角地の賃借権の譲渡を受けた旨主張する。

確かに、〈証拠〉によると、浩一は、昭和三九年五月三一日、宮沢との間で、同人所有の木造亜鉛瓦交葺二階建居宅兼店舗一棟を買い受ける旨の合意をしたことが認められる。しかし、右建物の敷地の賃借権をも買い受けたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、〈証拠〉によれば、宮沢と浩一との間の契約書〈証拠〉には、右建物の敷地を所有する浩一に対しこれを売り渡し家屋を明け渡すことを承諾した、家屋明渡しと同時にその敷地に関する賃貸借契約は終了するものとする旨の記載があること、宮沢は、昭和三九年一二月六日、浩一に対し、右契約書に基づく最終残金の支払を受けるのと引換えに、昭和三九年一一月三〇日をもって本件土地の南西角地の賃貸借契約を解除し明け渡したことを確認するとの念書を交付していることが認められ、また、〈証拠〉によると、浩一は、昭和三八年一一月一四日、本件土地の他の一部分一九坪余の賃借人廣瀬いち乃及び廣瀬義一との間で、その借地を明け渡す旨の合意をしていることが認められる。以上の事実によれば、本件土地を啓三郎から相続した浩一が、各借地人にその土地の明渡しを求め、右のとおりの合意を成立させたものと認められ、〈証拠判断略〉。したがって、宮沢から賃借権の譲渡を受けたことはないものというべきである。

(三)  そうすると、その余の点につき判断を進めるまでもなく、抗弁1(一)(3)、(4)は理由がない。

3(一)  〈証拠〉によれば、浩一は、将来本件土地等にビルを建築所有することを目的に被控訴人を昭和三八年一〇月一日に設立し、自己がその代表取締役となっていたが、昭和四六年ころから具体的な計画に着手して、同年一二月二七日付けで、被控訴人に対し、本件土地を鉄筋コンクリート造建物を所有する目的で、期間・昭和七六年一二月二七日までの三〇年間、賃料・一か月一平方メートル当たり六〇〇円等の約定で賃貸する旨の契約書を作成して、まつの氏名を記載し、その名下に有合せの印章で押印したこと、昭和四八年一〇月四日ころ本件建物が完成したことが認められる。

右認定の事実によれば、昭和四六年一二月二七日、浩一及びまつと被控訴人との間で、右認定の内容の賃貸借契約が締結されたものというべきである。

もっとも、〈証拠〉によれば、浩一は、本件土地は元々常泉家のものであり、養子であった啓三郎には実質的な権利がなく、したがってまたその妻であるにすぎないまつは、これを取得すべき立場になく、常泉家の直系の血筋である自己のみにその権利があり、法律的にも、啓三郎生前に、同人が浩一所有名義の土地を処分してその生活費に当てたことにより、これと啓三郎所有の土地とを交換し、その所有権を取得したものとかたく信じ込み、本件土地のまつの三分の一の持分につき、無断で、昭和五四年三月三〇日売買を原因として被控訴人名義の持分移転登記をしてしまったこと、これに対し、まつは、その抹消登記手続等を求める訴えを提起し(一審・東京地方裁判所昭和五四年(ワ)第六二一四号、控訴審・東京高等裁判所昭和五五年(ネ)第二八〇〇号、上告審・最高裁判所昭和五七年(オ)第五三四号)、勝訴判決を得たが、被控訴人の上告を棄却する旨の最高裁判所の判決が言い渡された昭和五七年一〇月一日以後も、浩一は、まつの名を使っただけで実質はまつには権利がないとの考えを変えなかったこと(もっとも、本心ではないにしろ、本件訴訟においては、まつ、したがって控訴人らの権利を認めるに至っている。)が認められる。

しかし、右認定のような事実経過があったとしても、一方では、浩一は前記認定のように賃貸借契約書を取り交わしていたのであり、また、〈証拠〉によれば、被控訴人は、本件土地についての賃料を浩一に支払っていることが認められるから、被控訴人との間に前記賃貸借契約が締結されたと認める妨げとはならないというべきである。

(二)  〈証拠〉によれば、まつは、夫啓三郎が昭和三七年三月二八日に死亡した以後、昭和五四年三月ころまでの間、浩一に対し、その所有の財産の管理・処分及びこれによって得た対価による生活費、医療費等の支出等の事務を包括的に委任していたことが認められ、本件土地についての共有持分については右委任の対象から除外されていたと認めるに足りる証拠はないから、前記賃貸借契約はまつの代理人兼本人としての浩一の適法な権限に基づいてなされたものというべきである。

ところで、前記認定のとおり、浩一はまつの代理人であると同時に、被控訴人の代表取締役でもあったから前記賃貸借契約の締結は双方代理になるところ、〈証拠〉によれば、まつとしては啓三郎の遺産については、その運用によってその生活費等が十分確保されることに関心があったものであって、昭和五三年八月九日には、その財産全部を浩一に遺贈する旨の公正証書遺言さえしていたこと、しかも、まつは、本件建物が完成以来、昭和五四年三月二六日浩一に到達した内容証明郵便によって、浩一に授与していた品川区小山五丁目六六番地所在の土地348.76平方メートルの売却の委任を解除する旨の意思表示をするまでの間、何ら被控訴人の本件土地の使用につき異議を述べた形跡がないことが認められるから、まつは、遅くとも本件建物が完成したころには、前記双方代理行為を追認したものと推認するのが相当である。

(三)  そうすると、抗弁1(一)(5)、(6)は理由がある。

三次に、控訴人らの再抗弁について判断する。

1 控訴人ら主張の訴訟が係属し、右訴訟において被控訴人が前記賃貸借契約の主張をしなかったことは、当事者間に争いがなく、右事実と〈証拠〉によれば、まつが被控訴人を相手に提訴した、土地持分全部移転登記抹消登記請求の前記認定の訴訟において、被控訴人は、浩一が本件土地全部の所有権を有し、まつはその持分を有しないと主張して抗争し、本件土地につき賃借権を有することについては全く言及していなかったことが認められるけれども、右訴訟は、前記認定のようにまつが本件土地等につき三分の一の持分を有することの確認及び被控訴人への持分全部移転の登記の抹消を求めるものであって、そもそも被控訴人の占有権原の有無は争点になり得なかったものであるから、右のような経過があったとしても、正しく本件土地についての占有権原の有無がその結果を左右することになる本件訴訟において、被控訴人が、占有権原として賃貸借契約の成立を主張することは何ら差し支えないというべきであり(もっとも、右のような前訴における抗争態度が、後訴における主張事実につき、不利な心証形成の根拠となることはあり得る。)、他には右主張をすることが信義則又は禁反言の法則に照らして許されないとすべき事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、再抗弁1は理由がない。

2  控訴人らが、被控訴人に対し、昭和六二年一二月二一日の原審第三六回口頭弁論期日において、本件土地ないし控訴人らの持分につき、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著である。

しかしながら、共有物を目的とする賃貸借契約の解除の意思決定には、各共有者の持分の価格の過半数を要すると解するのを相当とするところ、前記認定のとおり控訴人らは本件土地につき、三分の一の持分を有するにすぎないから、控訴人らのみで本件賃貸借契約を解除することは許されないというべきである。

また、控訴人らは、その持分についての賃貸借契約を解除した旨主張するが、共有物の貸主の地位は、その性質上分割できないと解すべきであるから、右のような解除も許されないというべきである。のみならず、控訴人ら主張のように解したとしても、賃借人の使用状況には全く影響がないことは、控訴人ら自ら認めるところであり、控訴人らは、右解除を認めないと、少数持分権者は共有物の賃借人に対し、賃料の支払等の請求もできないかのごとき主張をするが、共有にかかる土地が賃貸された場合に、各共有者は、それぞれその共有持分の割合に応じて、賃借人に対し、賃料の支払を請求することができると解される(最高裁昭和五〇年(オ)第一〇七二号昭和五一年九月七日判決・判例時報八三一号三五頁参照)から、控訴人主張のような解除を認める必要もないというべきである。

さらに、控訴人らとしては、共有物である本件土地の現状の使用方法につき不満があるのならば、浩一に対し、共有物の管理についての協議(あるいは、本件において啓三郎の遺産についての分割が未了であるならば、遺産分割の協議)を求め、最終的には共有物分割(遺産分割)請求によって、その権利の保護を図ることができるから、本件において控訴人ら主張の事実があるとしても、控訴人ら主張の解除を認めることはできないというべきである。

よって、その余の点について考慮するまでもなく、再抗弁2も理由がない。

3  再抗弁3のうち、被控訴人が、昭和五四年三月三〇日、まつの持分につき無断で移転登記をしたことは、当事者間に争いがない。

しかし、その経過は、前記認定のとおりであり、被控訴人は、浩一に対しては、終始その賃料を支払ってきたものであるから、右事実のみでは、被控訴人が本件賃借権を放棄したものと認めるのは相当でなく、また、控訴人らの持分についての賃借権を放棄したものと認めることもできない。

四以上の次第で、被控訴人が本件土地につき占有使用権原を有しないことを前提とする控訴人らの本訴請求は、その前提が認められないので、その余の点につき検討するまでもなく理由がなく、棄却を免れない。

よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官赤塚信雄 裁判官桐ケ谷敬三)

別紙〈省略〉

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